この記事の案内人・編集長
稲垣 瑞稀
- 岡山県解体工事業協会と美作市で結ばれた「防災協定」の概要
- 大規模災害時に解体業者が果たす重要な役割
- 防災協定の背景にある過去の災害事例からの教訓
普段あまり意識することのない「解体業者」と「自治体」のつながりですが、「防災協定」は万が一の災害時に私たちの命と生活を守るための重要な取り組みです。近年多くの自治体では、大規模災害の発生に備えた解体業者との連携が重要視されています。
この記事では、美作市の「防災協定」について深掘りし、なぜ全国の自治体でこのような協定が重要視されているのかを解体工事の専門家の視点で解説します。
ニュースの概要
- 報道日:2026年1月29日
- 場所:岡山県美作市(みまさかし)市役所
- 事案:岡山県美作市と岡山県解体工事業協会は、「災害時における被災建築物等の応急措置に関する協定」を締結しました。この協定は、地震や台風などの大規模災害が発生した際に、倒壊した建物などが救助活動や緊急車両の通行を妨げないよう、同協会が重機や人員を派遣し、迅速に撤去作業などを行う協力体制を構築することを目的としています。
岡山県美作市と岡山県解体工事業協会=津山市山北= は26日、 災害時における被災建築などの応急措置に関する協定を締結した。防災を目的に県内の自治体と結ぶのは津山市、美咲、和気町に続いて4例目。
協定書を交わした萩原市長(左)と坂田会長(右)
締結式が同市美来の市役所で開かれ、萩原誠司市長が 「解体業者は発災時だけでなく、各地域の再開発などまちづくりにおいてもお世話になっており、その高い技術と専門性が今後も重要になっていくと考えている。大切な協定を結べることに感謝を申し上げる」 とあいさつ。坂田幹夫会長(勝栄建設社長)が 「有事の際には保有する重機や車両、現場で培った専門技術が大きな役割を果たすと確信している。市と即座に連携して迅速かつ的確に随行できる体制を整え、市民の安全と安心な暮らしを守る一助となれるように取り組んでいく」 と述べた後、 両者は協定書に署名を交わした。
引用:防災を目的に 災害時における被災建築などの応急措置に関し 協定を締結/岡山・美作市|津山朝日新聞
美作市との協定内容
今回、美作市と協定を締結した岡山県解体工事業協会には、県内外の解体業者や工務店など計44社が加盟しています。災害時に市から要請を受けた際、協会が現場に近く稼働可能な重機を持つ加盟業者を選定し、出動を指示する仕組みになっています。
今回の協定で締結された「災害発生時の解体業者の主な業務内容」は以下の4つに分類されます。
1. 緊急車両を通すための「道づくり」
大規模な地震や台風などで建物が道路に倒れ込むと、救急車や消防車、自衛隊の車両が通れなくなります。この状態を解消し、命を救うためのルートを切り開く作業を「道路啓開(どうろけいかい)」と呼びます。
これは、単にゴミを片付ける「瓦礫(がれき)処理」とは異なり、一刻を争う救命活動のために、最優先で「道を通れる状態にすること」を目的とした作業です。
2. 人命救助を支える「精密な解体」
倒壊した建物の中に人が取り残されている場合、知識のないまま瓦礫を動かすと、建物がさらに崩れて生存者を傷つけてしまう恐れがあります。
建物のどこに重さがかかっているかを見極め、必要な柱や壁だけをピンポイントで切断・除去する「外科的解体」を行い、消防や警察による救助活動を技術面でバックアップします。
3. 二次災害を防ぐ「応急処置」
大きな揺れの後は、余震によって「今は無事でも、次で倒れるかもしれない」という半壊状態の家屋や、落下しそうな看板、崩れかけの外壁などが多数発生します。
これら放置すると危険なものを、緊急的に解体・撤去することで、避難所へ向かう道や避難場所自体の安全を確保し、被害の拡大を防ぎます。
4. 専門機材と熟練オペレーターの派遣
市からの要請に応じて、協会に加盟する企業が保有する特殊な重機と、それを操る技術者を速やかに現場へ送り出します。
派遣される重機には、一般的な土を掘るためのものだけでなく、建物を掴むための「グラップル」や、鉄骨を切断する「クラッシャー」など、解体業者ならではの工具を備えた機材が含まれます。
岡山県北東部の支援体制構築
今回の美作市と岡山県解体工事業協会による協定締結は、同協会にとって津山市、美咲町、和気町に続く県内4例目の事例となります。これにより、岡山県北東部の山間地域において、解体業者による支援体制が広範囲に整えられたことになります。

美作市を含むこの地域は山間部が多く、地震や豪雨などで主要な道路が遮断された際、集落が孤立しやすいという特徴があります。そのため、一箇所の自治体だけでなく、周辺地域と連携して対応にあたることが重要です。
今回の体制整備により、津山市など近隣自治体に拠点を置く業者が、市町村の枠を越えて速やかに応援に入れるようになりました。同じ協会に加盟する業者同士が連携することで、複数の自治体にまたがる広域的な災害に対しても、効率的な復旧活動が可能になります。
解体業者との防災協定
防災協定とは
防災協定とは、地震や風水害などの大規模災害が発生した際、地方自治体と民間団体が相互に協力し、迅速な応急復旧を行うために事前に結ばれる協定です。解体業者など建設業関係のほかにも、物流、医療、コンビニやスーパー、ホテルなどさまざまな分野の企業が各自治体と協定を結んでいます。
自治体が保有する人員や機材には限りがあるため、専門的な技術を持つ民間企業と協定を結んでおくことで、発災直後の初動対応の迅速化を目的としています。
解体工事業協会の役割
解体工事業協会は、建設産業の中でも特に建物の「解体」を専門とする企業で構成される組織です。全国組織として「公益社団法人 全国解体工事業団体連合会(全解工連)」があり、各都道府県に地域協会が存在します。
協定を結んだ解体業者は倒壊した建物や道路をふさぐ障害物の撤去、倒壊家屋を解体するなどして要救助者の救出活動の補助、被災建築物の応急復旧といった支援にあたります。
- 迅速な人命救助と避難路の確保
災害発生直後、最も優先されるのは人命救助です。倒壊家屋で道が塞がれれば、救助は一刻を争います。協定に基づき、専門的な知識と重機を持つ解体業者が迅速に出動することで、緊急車両が通るための道を開け、救命率の向上や孤立集落の解消に貢献します。 - 二次災害の防止
地震の後は、余震が繰り返し発生します。倒壊しかかっている危険な建物は、小さな揺れで完全に倒壊し、通行人などを巻き込む二次災害を引き起こす可能性があります。専門家がこうした建物を応急的に解体・撤去することで、地域の安全を確保し、住民が安心して避難や片付けを行える環境を整えます。 - 生活再建のスピードアップ
道路が啓開され、危険な建物が処理されることで、電気・ガス・水道といったライフラインの復旧作業もスムーズに進みます。その後の公費解体や本格的な復興工事への移行も円滑になり、被災者が一日も早く日常を取り戻すための土台ができます。
運営者 稲垣今回の美作市と岡山県解体工事業協会の例のように、最近は企業単体だけではなく「業界団体」と協定を結ぶ自治体が増えています。窓口を一本化することで災害時の混乱を防ぎ、救助や復旧活動をより円滑に進める狙いがあります。
防災協定のメリット
防災協定の締結は、行政・解体業者双方においてメリットがあります。
美作市にとってのメリット
自治体にとっては、主に「コスト」「法的リスク」「技術」の3つの面で大きなメリットがあります。
- 高度な専門技術による人命救助の最大化
- 解体業者は「壊す技術(構造物の重心を見極める技術)」を持っています。
- 二次崩落を防ぎながら慎重に瓦礫を除去する解体作業により、大切な市民の安全を確保しながらの救助活動が可能になります。
- 保有コストの削減(財政負担の抑制)
- 災害時に必要となる巨大な解体用重機(特殊アタッチメント装備車など)を自治体が自前で維持・管理するには、多額の費用がかかります。
- 協定により、必要な時だけ民間の最新機材と熟練オペレーターを調達できるため、平時の公費負担を大幅に抑えることが可能になります。
- 法的リスクの低減と迅速な対応
- 通常、私有地にある倒壊家屋を自治体が勝手に撤去することは財産権の侵害になる恐れがあります。
- しかし、本協定に基づく明確な業務委託契約と災害対策基本法があることで法的な正当性を担保しつつ、迅速な緊急措置(道路啓開など)が可能になります。
出典:災害対策基本法
(市町村の責務)
引用:災害対策基本法|e-Gov 法令検索
第五条 市町村は、基本理念にのつとり、基礎的な地方公共団体として、当該市町村の地域並びに当該市町村の住民の生命、身体及び財産を災害から保護するため、関係機関及び他の地方公共団体の協力を得て、当該市町村の地域に係る防災に関する計画を作成し、及び法令に基づきこれを実施する責務を有する。
2 市町村長は、前項の責務を遂行するため、消防機関、水防団その他の組織の整備並びに当該市町村の区域内の公共的団体その他の防災に関する組織及び自主防災組織の充実を図るほか、住民の自発的な防災活動の促進を図り、市町村の有する全ての機能を十分に発揮するように努めなければならない。
3 消防機関、水防団その他市町村の機関は、その所掌事務を遂行するにあたつては、第一項に規定する市町村の責務が十分に果たされることとなるように、相互に協力しなければならない。
【注意点】
協定による応急措置は、あくまで公共の利益(道路啓開や危険除去)を目的とした緊急対応です。個人の資産である家屋の本格的な解体・撤去費用が、この協定によって全額無料になるわけではありません。
運営者 稲垣被災状況に応じて「公費解体」といった支援制度が適用される場合はありますが、それには別途申請と審査が必要です。この点を混同しないよう注意が必要です。
解体業者(協会・加盟業者)のメリット
業者側にとっては、社会貢献だけでなく「経営」や「信頼」の面で直接的なメリットがあります。
- 災害時における経営維持
- 大規模災害時には、通常の民間工事がストップしてしまいます。
- 協定に基づき災害復旧工事に従事することは、非常時における企業の仕事の確保に繋がり、従業員の雇用を守るなど事業継続の助けとなります。
- 社会的な信頼の獲得
- 地域の復旧に直接貢献することで、「地域に不可欠な専門家集団」としての地位を確立できます。
- 美作市長が述べている通り、単なる工事業者ではなく「地域防災インフラの一部」として認知されることで、協会や加盟業者への信頼性が向上します。
過去の震災に学ぶ「解体業者」の活躍
美作市が結んだ防災協定は、過去の大規模災害で解体業者が果たした実績に基づいています。ここでは、「東日本大震災」と「熊本地震」での事例をご紹介します。
1. 東日本大震災:「専門性」で効率を高めた事例
2011年の東日本大震災では、宮城県の建設業協会がチームを機能ごとに分ける仕組みを導入しました。
- 「がれき隊」と「解体隊」の分業
散乱したゴミや瓦礫を片付ける「がれき隊」に対し、倒壊した家屋そのものを取り壊して撤去する専門チーム「解体隊」を編成。 - 分業が生んだメリット
危険が伴う建物の解体を専門家に任せることで、土木業者は道路の復旧や土砂の撤去に専念できるようになりました。この連携により、津波で流された家屋だけでなく、地震で崩れそうになった危険な塀などの撤去も迅速に進み、土地整備のスピードが加速しました。
2. 熊本地震:プロの「目視力」が支えた調査
2016年の熊本地震では、最初の大きな揺れ(前震)の直後から解体業者による迅速な支援が行われました。
- 建物の危険度を見極める「目視」の力
余震が続く中、解体業者は建物のプロとして、傾きや亀裂の状態を調査。行政が行う「建物の安全判定」をサポートしました。 - 自衛隊のルートを確保
倒壊しかけた家屋が道を塞いでいる場所では、緊急で建物の一部を取り除き、自衛隊の車両が通行できるルートの確保に協力しました。 - 夜間の救助を支えた特殊機材
土砂崩れが起きた南阿蘇村の現場へ、夜間でも昼間のように明るく照らせる「バルーン投光器(大型の照明器具)」を提供。24時間態勢での救助活動を支えました。
運営者 稲垣これらの教訓から、国や自治体は災害発生時の応急対策や復旧を円滑に進めるため、平時から民間事業者と連携しておくことの重要性を認識しました。今回の美作市の協定は、その流れを汲んだものと思われます。
まとめ
今回の美作市のニュースは、地域防災の未来を考える上で重要な意味を持っています。最後に、この記事の要点をまとめます。
- 災害時の迅速な復旧には、自治体と解体業者による「防災協定」が重要視されている。
- 自治体と解体工事業協会との協定は、人命救助、二次災害防止、生活再建の迅速化に大きく貢献する。
この協定によって、解体業者は「市民の安全を守る」という、新たな社会的役割と責任を負うことになります。これは、業界全体の信頼性の向上につながります。
また、協会として組織的に対応することで、個々の企業では対応が難しい大規模災害にも、計画的かつ効率的に人員や重機を動員できるようになります。これは、地域貢献であると同時に、業界の防災意識と技術力を高める機会でもあると考えます。
過去の災害からの教訓を得て重要視されている「防災協定」。今後も全国で拡大し、防災活動に貢献していくと予想されます。

