この記事の案内人・編集長
稲垣 瑞稀
- 渋谷の工事現場で始まった「仮囲いアート」プロジェクトの全容
- 解体工事における仮囲いが、単なる安全対策から「価値創造の場」へと変わる可能性
- 「仮囲いアート」に取り組むメリットと注意点
- 解体・建設業界のイメージを向上させる、今後の新たなトレンド予測
この記事では、工事の際の安全対策と目隠しの役割をしている「仮囲い」をアートギャラリーに変えてしまうというニュースを深掘りします。なぜ今、このような取り組みが注目されるのか、そしてこれが今後の解体業界にどのような影響を与えるのかを専門家の視点で徹底解説します。
この動きは工事期間中のネガティブな印象を払拭し、依頼主、解体(建築)業者、地域住民の三方にとって利益を生む、新たなスタンダードになる可能性を秘めています。
ニュースの概要
公開日: 2025年11月25日

10月に閉館したギャラリー「BAG-Brillia Art Gallery-」が新たに展開する「サイトスペシフィック・ギャラリー」の第1弾。同企画は、特定のギャラリー・スペースを構えるのではなく、プロジェクトごとに展示場所を変えながら、その場所の特性に合わせた作品、展示方法を探求する。両ビルは再開発のため解体工事が進んでおり、新しい建物が完工するまでの空白期間を活用し、工事現場の仮囲いを通じて地域に新たな価値の創出を図る。
引用:渋谷の工事現場にアート作品 ヨシダナギさん、渋谷にゆかりある人々撮影(シブヤ経済新聞)
2025年11月、東京・渋谷二丁目のビル解体・建設工事現場で、全長約130メートルにわたる工事用の仮囲いがストリートギャラリーに変わりました。この「BAG@渋谷二丁目ストリートギャラリー」は、「BAG -Brillia Art Gallery-」を運営する東京建物株式会社などが進めるプロジェクトの一環です。
作品を手掛けたのは、世界中の少数民族を撮影する写真家として知られるヨシダナギ氏。今回は渋谷にゆかりのある人々を被写体に、その個性と多様性を鮮やかに写し出しています。この取り組みは、再開発が進む渋谷の街において、工事期間中の景観を向上させるとともに、アートを通じて地域との新たなコミュニケーションを生み出すことを目的としています。
撮影には、渋谷区観光協会観光大使でミュージシャンの小宮山雄飛さんやZeebraさんなどが参加しており、各方面から注目を集めています。
解体~新しい建物が完工するまでの空白期間を活用し4月30日まで展示される予定です。
渋谷で行われる仮囲いアートの背景
作品の展示場所は、東建インターナショナルビル、東建長井ビルの跡地である「東京都渋谷区渋谷二丁目12番地」です。
この場所は、渋谷エリアの再開発地域に含まれており、「都市再生特別地区」に該当しています。

本再開発事業は、東京建物等を事業主体とする任意の共同建て替え事業(C 街区)とともに再開発プロジェクト「Shibuya REGENERATION Project」を構成しています。同プロジェクトは、東京圏の国家戦略特別区域の特定事業として内閣総理大臣による認定がなされ、2022 年3 月に都市計画決定の告示を受けております。プロジェクト全体の敷地面積は約 18,800 ㎡、延床面積の合計は約 322,200 ㎡と、敷地面積および延床面積において渋谷エリア最大規模の計画です。
引用:渋谷二丁目西地区第一種市街地再開発事業|東京建物株式会社
都市再生特別地区とは、高度利用を促進したい地域に、既存の都市計画規制(用途地域、容積率、高さ制限など)を適用除外して、自由度の高い計画を定めて都市再生を図る地区です。この制度により、開発事業者がより自由な発想で土地の高度利用を計画できます。
運営者 稲垣以上のことから、2029年度の完工へ向けて、この地域では建て替えによる解体工事が頻繁に行われていることがわかります。
「BAG -Brillia Art Gallery-」について
2021年10月に東京・京橋にオープンした東京建物のアートギャラリーです。
「暮らしとアート」をテーマにした数々の展覧会を開催してきました。運営する東京建物は、住まいと暮らしを通じて、お客様一人ひとりに「自分らしい豊かさ」を提供するマンションブランド「Brillia」を展開しています。
BAGはそうした東京建物のアートに対する考え方を具現化する拠点としての役割を担ってきました。この度、同ギャラリーが所在する東京建物京橋ビルを含む京橋三丁目東地区における再開発に伴い、京橋での開催を終了し、今後は特定のギャラリー・スペースを構えるのではなく、プロジェクトごとに展示場所を変えながら、場所の特性に合わせた作品、展示方法を探求する「サイトスペシフィック・ギャラリー」としての新たな展開を続けてまいります。
引用:特設サイト|BAG@渋谷二丁目ストリートギャラリー
運営者 稲垣解体現場の仮囲いアートを行うことで、プロジェクトごとに展示場所を変えながら、場所の特性に合わせた作品や展示方法ができます。再開発による取り壊しをうまく活用した取り組みということですね。
仮囲いアートで解体工事のイメージ向上
このニュースの業界における重要性
なぜ今、単なる安全対策の仮囲いが「アート」という付加価値をまとうようになったのでしょうか。その背景には、社会全体の価値観の変化と、建設業界が抱える課題が深く関わっています。
従来、工事現場の仮囲いは「養生」と呼ばれ、騒音や粉塵の飛散防止、第三者の立ち入り禁止といった安全確保が第一の目的でした。そのため、機能性重視の無機質なデザインが一般的で、景観への配慮は二の次とされがちでした。しかし近年、CSR(企業の社会的責任)やSDGsへの意識が社会全体で高まる中、建設業界にも単に「建物を壊す・建てる」だけでなく、そのプロセスにおいて地域社会や環境へ貢献することが強く求められるようになりました。
とくに渋谷は、大規模な再開発が連続して行われる一方で、アートやカルチャーの発信地としてのアイデンティティを持つ街です。景観に対する市民の意識も高く、先進的な取り組みが受け入れられやすい土壌があります。このような背景が、今回の先進的なプロジェクトを生んだと言えるでしょう。
工事期間の価値化で地域に貢献
このニュースが解体・建設業界にとって持つ重要性は計り知れません。第一に、「工事期間の価値化」です。これまで工事期間は、完成までの「我慢の時」と捉えられてきました。しかし、仮囲いをメディアとして活用することで、その期間自体が情報発信やブランディング、地域貢献の機会となり得ます。これは、工事を単なる「コスト」から、企業価値を高める「投資」へと転換させる発想です。
業界イメージの刷新による人手不足解消
第二に、「業界イメージの刷新」です。いわゆる「3K(きつい、汚い、危険)」のイメージが根強い建設業界ですが、国土交通省では、「新3K(給与・休暇・希望)」を実現しようという取り組みがされています。アートとの融合は、そのイメージをクリエイティブで文化的なものへと変える力を持っています。これは、業界全体の魅力向上につながり、とくに若手人材の確保という深刻な課題に対する一つの解決策となり得ます。魅力的なプロジェクトは、優秀な人材を惹きつけます。
建設業の新3K(給与・休暇・希望)を実現するため、国土交通省直轄工事において各種モデル工事などの取組を実施しています。
引用:建設現場で働く人々の誇り・魅力・やりがい向上にむけた取組|国土交通省
中長期的な建設業の担い手を確保し、地域の安全・安心や経済を支えていきます。
また、全国建設業協同組合連合会(全建協連)では以前、建設業の魅力発信のため、学生へ向けた「仮囲いデザインコンテスト」が開催されています。
一般市民・依頼主への影響
この「仮囲いアート」の取り組みは、工事に関わるすべての人々に具体的な影響をもたらします。

画像引用:小宮山雄飛 「BAG@渋谷二丁目ストリートギャラリー」参加|ホフディラン公式サイト
一般市民・地域住民への影響
- ポジティブな影響:
- 景観の向上: もっとも直接的なメリットです。殺風景だった工事現場が、街を彩るアート空間に変わることで、通勤や通学の道のりが楽しくなります。
- 工事への理解促進: アートを通じて、その場所で何が行われ、未来に何が生まれようとしているのかが伝わります。これにより、工事に対する心理的な抵抗感が和らぎ、むしろ完成への期待感へと変わる効果が期待できます。
- 地域への愛着を育てる: 渋谷のプロジェクトのように、地域の「人」や「文化」をテーマにしたアートは、住民のシビックプライド(地域への誇りや愛着)を育むきっかけにもなります。とくに今回のような「渋谷にゆかりのある人々」が参加するイベントでは、地域のことをより深く知るきっかけにもなります。
- ネガティブな影響(注意点):
- デザインのミスマッチ: 万が一、アートのデザインが地域の雰囲気や住民の感性に合わなかった場合、景観を損なうものとして批判の対象になるリスクもあります。
依頼主(解体・建築の発注者)への影響
- ポジティブな影響:
- 絶大なPR効果: SNSでの拡散やメディアでの紹介が期待でき、多額の広告費をかけずともプロジェクトの認知度を飛躍的に高められます。
- 近隣対策としての機能: 美しいアートは、工事期間中の騒音や振動に対する近隣住民の不満を和らげる緩衝材の役割を果たします。良好な関係を築くことで、クレームの発生を抑制し、工事を円滑に進める助けとなります。
- 企業ブランディング: 地域社会や文化に配慮する企業姿勢を明確に示すことで、企業のブランドイメージを大きく向上させます。これは、完成後の不動産価値やテナント誘致にも好影響を与えるでしょう。
- ネガティブな影響(注意点):
- コストの増加: 当然ながら、アーティストへの依頼料、デザイン費、高品質な印刷・設置費用など、従来の仮囲いよりもコストは増加します。この追加投資に見合うリターン(PR効果など)が得られるか、慎重な費用対効果の検討が必要です。
- 維持管理の手間: アート作品である以上、落書きや破損は避けなければなりません。定期的な清掃やメンテナンス、場合によっては夜間の照明や警備といった追加の管理コストが発生する可能性があります。
隠れた論点と今後の予測
この取り組みは非常にポジティブなものですが、ここではその先に潜む論点と今後の展開についても言及します。
隠れた論点
- アートの持続可能性: 工事が終われば撤去されてしまう仮囲いアート。これを一過性のイベントで終わらせず、いかに文化として根付かせるかが課題です。たとえば、使用後のシートを再利用してグッズ化する、作品データをデジタルアーカイブとして保存・公開するなど、工事終了後の展開まで見据えた計画が求められます。
- 地域との「共創」: 企業側の独りよがりなブランディングにならず、「誰のためのアートか」という視点が不可欠です。アーティストやテーマの選定段階から地域住民の意見を取り入れたり、地元のアーティストを起用したりするなど、地域との「共創(コ・クリエーション)」プロセスが、プロジェクトの成功を左右します。
- 安全性とデザイン性の両立: 仮囲いのもっとも重要な機能は安全確保です。アートを掲出することで、風圧への耐久性が落ちたり、視認性が悪化したりしては本末転倒です。デザインの自由度と、仮設構造物としての安全基準をいかに両立させるか、技術的な検証が今後さらに重要になります。
運営者 稲垣仮囲いは工事現場の単なる目隠しではなく、中で作業する人と周りを通行する人の安全確保の目的があります。デザインを意識するあまり本来の目的から外れないよう注意が必要です。
今後の予測
- 全国への普及: 今後は都心部だけでなく、地方都市の再開発や公共工事においても、地域の歴史や祭、特産品などをテーマにした「ご当地仮囲いアート」が広がっていくのではないでしょうか。
- 表現手法の多様化: 現在は写真やイラストが主流ですが、今後はプロジェクションマッピングによる夜間演出、AR(拡張現実)技術を使いスマホをかざすと情報が浮かび上がるインタラクティブな仕掛けなど、デジタル技術と融合した表現が増えていくと考えられます。
- プラットフォーム化: 仮囲いを「若手アーティストの発表の場」として提供する企業や、依頼主とアーティストをマッチングするプラットフォーム事業が生まれる可能性もあります。これは、建設業界が文化支援の新たな担い手となる道を開きます。
運営者 稲垣話題の「仮囲いアート」。渋谷など都心から始まり、今後は全国的なトレンドになっていくのではないでしょうか。
まとめ:解体現場で仮囲いアートを実現するためのアクション
今回の渋谷のニュースは、解体・建設工事の未来を明るく照らす、象徴的な出来事です。最後に、この記事の要点をまとめます。
- 工事の仮囲いは安全対策だけでなく、アートを通じて企業ブランディングや地域貢献を実現する「メディア」になり得る。
- 依頼主にとって、仮囲いアートはPR効果や近隣対策など、追加コストを上回るリターンが期待できる有効な投資になる可能性がある。
- 地域住民にとっては街の景観が向上し、工事への理解が深まるというメリットがある。
- 今後この動きは全国に広がり、デジタル技術との融合など、さらに多様な展開を見せる可能性が高い。
もし、あなたがこれから解体工事や新築工事を検討している依頼主であれば、この新しい潮流をぜひ活用していただきたいと思います。以下は、そのために今から準備できることです。
- 業者選びのチェックポイントを変える
- 見積もりの安さだけでなく、「工事期間中の付加価値」について提案してくれる業者を選びましょう。
- 企業のウェブサイトで、過去にデザイン性の高い仮囲いを設置した実績や、地域貢献に取り組んでいるかを確認してください。
- 「アートを活用したブランディングに興味がある」と伝え、どのような提案が可能か積極的に質問してみましょう。
- 情報収集を始める
- 建築やデザイン系のウェブメディアで「仮囲い」「アート」「工事現場」などのキーワードで検索し、先進的な事例をストックしておきましょう。
- 自社のプロジェクトの目的(地域貢献、PR、人材採用など)を明確にし、それに合ったアート活用の方向性を考えてみてください。
- 地域との対話を計画する
- プロジェクトの初期段階から、自治会や商店街など、近隣住民とコミュニケーションを取る場を設けましょう。
- どのようなデザインであれば地域に喜ばれるか、どんな情報を発信してほしいかなどをヒアリングすることで、独りよがりではない、真に地域に根差したプロジェクトにできます。
解体工事は、古いものが無くなる「終わり」のイメージがあるかもしれません。しかし、それは同時に新しい価値が生まれる「始まり」でもあります。あなたの工事現場を、次世代のキャンバスとして活用してみてはいかがでしょうか。
