この記事の案内人・編集長
稲垣 瑞稀
- 鈴鹿市の解体現場で起きた死亡事故の「事実関係」と「発生当時の状況」がわかる
- なぜ作業員が危険な穴に入ったのか、日本杭抜き協会の情報を基にした「工事の仕組み」がわかる
- 事故を防げなかった原因と、労働安全衛生規則に基づいた「法的問題点」がわかる
この記事では、鈴鹿市にある結婚式場の解体現場で発生した作業中の土砂崩れによる死亡事故を基に、事故の概要や原因、一般市民への影響について分かりやすく解説します。
ニュースの概要
まずはニュースの事実関係を整理します。
- 発生場所:結婚式場「OCEAN TERRACE HOTEL & WEDDING」(三重県鈴鹿市寺家町)
- 報道日:2025年12月15日
- 事案:解体工事中に作業員の男性(64歳)が深さ約3メートルの穴に入り、地中のコンクリート杭を撤去する作業を行っていたところ、周囲の土砂が突然崩壊。男性は生き埋めとなり約3時間後に救出されたが、搬送先の病院で死亡が確認された。
15日午前9時5分ごろ、三重県鈴鹿市寺家町の結婚式場の解体工事現場で、60代の男性作業員が土砂に生き埋めになったと119番があった。県警鈴鹿署や消防が重機などを使って捜索、約3時間後に男性を救出したが、搬送先の病院で間もなく死亡が確認された。
事故の背景:なぜ作業員は穴に入ったのか
報道では「事故の詳しい状況は調査中」とされていますが、深さ3メートルの掘削穴に作業員が入る必要があった背景として、「杭抜き工法」の種類が関係していると考えられます。
一般社団法人日本杭抜き協会による工法分類
杭を引き抜く作業には、大きく分けて「人がワイヤーを掛ける方法」と「機械が掴む方法」があります。
輪投げ工法
既存の杭を地表まで露出させたうえで作業員が直接杭にワイヤーを掛け、クレーンなどで引き抜く方法です。
この工法では、ワイヤーを掛けるために作業員が掘削した穴の近くまで近づく、または穴の中に入る必要がある点がリスクとなります。地盤が不安定な場合、土砂崩れに巻き込まれる危険性が高まります。

チャッキング工法(協会推奨)
専用のケーシング(筒)を杭に被せ、先端の爪で杭をしっかり掴んだまま、そのまま引き抜く工法です。
機械が杭を直接つかむ構造のため、原則として作業員が掘削穴の中に入る必要がありません。人が危険な場所に立ち入らずに作業できることから、土砂崩れなどの事故リスクを大幅に低減できます。

運営者 稲垣今回の事故では「作業員が穴に入っていた」という報道から、前者の「輪投げ工法(またはそれに類する手作業)」が行われていた、あるいは杭頭処理のために立ち入った可能性が高いと推測されます。
事故の原因
このように作業員が掘削した穴の中に立ち入る可能性がある工法を採用する場合、法律上、厳格な安全対策を講じることが義務付けられています。しかし今回の現場では、そうした安全対策が十分に取られていなかった可能性があります。
労働安全衛生規則違反の可能性
土留めの未設置(第361条の違反)
報道によると、事故現場では深さ約3mまで掘削が行われていました。しかし、土砂崩れを防ぐために必要とされる土留め(どどめ)支保工などの安全措置が設置されていたかどうかについては、現時点では確認されていません。
労働安全衛生規則では、明り掘削(地面を上から掘り下げ、穴の上部が覆われていない状態で行う掘削工事)を行う場合、地山の崩壊や土砂の落下による危険が生じるおそれがあるときは、あらかじめ土留め支保工を設置するなどの危険防止措置を講じることを、事業者に義務付けています。
この規定に照らすと、今回の現場では、法令で求められる安全対策が十分に講じられていなかった可能性があると考えられます。
事業者は、明り掘削の作業を行う場合において、地山の崩壊又は土石の落下により危険を及ぼすおそれのあるときは、あらかじめ、土止め支保工を設け、防護網を張り、当該作業場において作業に従事する者の立入りを禁止する等当該危険を防止するための措置を講じなければならない。
作業主任者の未選任または管理不足(第359条の違反)
法令では、一定の条件に該当する掘削作業について、地山の掘削作業主任者技能講習を修了した者の中から作業主任者を選任し、現場作業を直接指揮させることを事業者に義務付けています。
具体的には、掘削面の高さが2m以上となる地山の掘削作業がこの規定の対象です。今回の現場は掘削深さが約3mであったため、本規定の適用対象となります。
仮に作業主任者が適切に選任され、現場で安全管理を行っていれば、土留めの設置など基本的な安全対策が指示・徹底されていた可能性が高いと考えられます。
事業者は、令第六条第九号の作業については、地山の掘削及び土止め支保工作業主任者技能講習を修了した者のうちから、地山の掘削作業主任者を選任しなければならない。
地盤の脆弱性が事故リスクを高めた可能性
もう一つの要因として、現場が解体直後の埋め戻し地盤であった可能性が挙げられます。
結婚式場のような大型施設では建物を支えるため、地下に大規模な地中梁(ちちゅうばり)が設けられているのが一般的です。これらを撤去した直後の地盤は土が十分に締め固められておらず、軟弱な埋め戻し土の状態になりやすいとされています。

このような地盤条件下で十分な土留め対策が講じられていなかった場合、土砂崩れのリスクは著しく高まると考えられます。
再発防止策
今回の事故と同じような事故を防ぐためには、以下の対策が求められます。
| 分類 | 具体的な対策 |
| ①工法の見直し | 立入りを前提としない施工方法の採用 作業員が掘削穴内に立ち入らずに施工できる「チャッキング工法」や、遠隔操作可能な重機の導入を検討する。 |
| ②法令順守 | 土留めの設置 深さ1.5m以上の掘削では、原則として土留めを設置する。※作業主任者の選任義務は2m以上だが、安全管理上は1.5m程度からの対策が推奨されている。 |
| 作業主任者の権限確保 危険な作業状況に対し、現場で作業停止や是正を行える管理体制を確立する。 |
運営者 稲垣解体工事の現場、とりわけ地下の作業は地盤が不安定になりやすく、常に重大事故のリスクを伴います。そのため、人命を最優先とした工法の選定と法令遵守の徹底が不可欠です。
まとめ
今回の事故は、建設・解体業界において安全対策の軽視が取り返しのつかない結果につながることを改めて示しました。この事例を教訓として業界全体で安全法規の遵守を徹底し、「コストや工期よりも安全を最優先する」という意識を持つことが強く求められます。
一方で、解体工事を依頼する側にも重要な視点があります。価格の安さや工期の短さだけで業者を選ぶのではなく、次のような点を確認することが、ずさんな解体業者を避けるための重要なポイントとなります。
- 法令に基づいた安全対策について具体的に説明できるか
- 危険を伴う作業に対して明確な管理体制が整っているか
- 周辺環境や近隣への配慮を怠らない姿勢があるか
解体工事では、目に見えない部分にこそ安全管理の差が表れます。今回の事故を他人事と捉えず、安心して任せられる業者を選ぶことが、事故を未然に防ぐための第一歩だと言えるでしょう。
なお、「スッキリ解体」では、解体工事における業者選びのポイントを詳しく解説した記事も掲載しています。あわせてご覧になってください。


